こんにちは。
トレーナーのこうた(@trainer_blog)です!
「腫れの錯覚」ということにフォーカスした、面白い論文のご紹介です。
ラグビー現場でもほぼ膝OAのようになってしまっている選手は多々います。
決して中高年だけの問題ではない、ということを頭に入れて読んでいただけるといいかなと思います!!
≫≫https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34765853/
はじめに
膝関節症(Knee Osteoarthritis: OA)は、世界中の中高年層に影響を与える慢性疾患であり、痛みや機能障害によって患者の日常生活を大きく制限します。
膝OAの診断と治療には、これまで主に画像診断や身体的な所見が使用されてきましたが、患者の主観的な症状と客観的な診断結果が一致しないケースも少なくありません。
その一例が「膝が腫れているように感じる」という主観的な腫れです。
本記事では、2021年に発表された論文「膝関節症患者における主観的腫れと客観的腫れの不一致」に基づき、この現象の背後にあるメカニズム、臨床的意義、そして治療への応用可能性について詳しく掘り下げます。
膝OAの診療に携わる専門家の皆様にとって、患者一人ひとりの症状を深く理解し、治療の個別化を進めるうえで重要な知見となるはずです。
主観的腫れと客観的腫れ
この研究では、46名の膝OA患者を対象に、主観的な腫れ(患者の自己認識)と客観的な腫れ(超音波診断で測定された実際の腫れ)の一致性が調査されました。
その結果、患者の約30%が「膝が腫れている」と感じながらも、実際には客観的な腫れが確認されなかったことが明らかになりました。
患者群の分類
研究対象者は以下の3つのグループに分類されました。
客観的な腫れの証拠がないものの、患者が膝の腫れを訴える。全体の約30%。
超音波で確認された腫れがあり、患者も腫れを認識している。全体の約30%。
客観的腫れも主観的腫れもない。全体の約40%。
特徴的な臨床症状
主観的腫れのみを訴えるS onlyグループは、他のグループと比較して以下の特徴を示しました。
S + Oグループと同等、またはそれ以上の痛みを訴え、Oxford Knee Scoreでは機能障害が顕著でした。
膝内側の2点識別閾値が大きく、触覚認知が著しく低下していることが確認されました。
Pain Catastrophizing Scale(PCS)のスコアが高く、痛みへの破局化思考が目立ちました。
また、Pain Self-Efficacy Questionnaire(PSEQ)のスコアが低く、自己効力感が著しく低下していました。
※Pain Self-Efficacy Questionnaire:慢性痛患者が日常生活の活動を行う能力に対する自信(自己効力感)を測定するための心理評価ツール
背景:なぜ腫れていないのに腫れを感じるのか?
膝OA患者が感じる「主観的な腫れ」の背後には、身体の感覚や認知に関する複雑なメカニズムが存在する可能性があります。
以下は、研究の結果をもとにした考察です。
1. 身体表現の変化
慢性痛患者には、痛みを伴う部位が脳内で「拡大」して感じられる現象がしばしば見られます。
例えば、複合性局所疼痛症候群(CRPS)や腰痛患者では、痛みのある部位が実際よりも大きく、腫れているように感じられることが報告されています。
この現象は、身体部位の脳内マップの再編成が関与していると考えられています。
2. 感覚運動の再編成
S onlyグループでは触覚鋭敏性の低下が確認されており、感覚運動の情報処理における中枢神経系の変化が示唆されます。
触覚の変化は、膝OA患者に特異的な現象であり、特に膝の内側で顕著に現れることがわかっています。
3. 心理的ストレスと認知の影響
痛みに対する不安や破局化思考は、膝の腫れ感覚を強化する要因となり得ます。
患者が痛みを「脅威」として認識するほど、腫れているという感覚が増幅される可能性があります。
臨床的意義:治療と診断の新たな方向性
1. 主観的腫れを診断に取り入れる重要性
従来の膝OA診断では、超音波やX線などの画像診断が主流でしたが、これらは患者の主観的な訴えを必ずしも反映していません。
本研究は、主観的腫れの評価を診断基準に加えることで、患者の全体像をより正確に把握できる可能性を示しています。
2. 治療の個別化の重要性
S onlyグループのような患者には、以下のような治療法が特に有効である可能性があります。
触覚訓練や運動イメージ療法は、身体認識の再編成を促進し、痛みや腫れの感覚を軽減することが期待されています。
認知行動療法(CBT)や心理教育を通じて、破局化思考を軽減し、自己効力感を高めるアプローチが有望です。
過去の研究では、視触覚の錯覚を利用した治療が膝OAの痛み軽減に効果を示しています。このような技術が、主観的腫れをターゲットとした治療として活用される可能性があります。
課題と今後の研究
本研究にはいくつかの限界があり、さらなる検討が必要です。
・性別バランスの偏り:研究対象者の89%が女性であり、男性患者への適用可能性が限定的です。
・因果関係の不明確さ:本研究は横断的な設計であるため、主観的腫れが痛みや障害の原因であるか結果であるかは明確ではありません。
・より感度の高い診断法の使用:MRIやCTを用いることで、より詳細な情報が得られる可能性があります。
まとめ:新しい視点で膝関節症患者を理解する
膝OA患者における「主観的腫れ」は、これまで見過ごされがちだった臨床的要素です。
本研究は、この現象を評価し、治療に活かす可能性を示しました。
患者一人ひとりの身体認識や心理的要因を考慮した治療を行うことで、より良いアウトカムを目指すことが可能です。
医療現場では、主観的腫れを訴える患者に対して、感覚運動の再編成を目指したリハビリや心理的支援を組み合わせた個別化治療を積極的に取り入れることが求められます。
膝OA治療の未来に向けた新たなステップとして、この知見を活用していきましょう。
実際にスポーツ現場でも、「膝が腫れている」と訴えたきたものの、「あれ?あまり腫れてないな」と感じることはたまにあります。
もちろん、何度も膝が腫れたことのある選手は、小さな腫れにも敏感なので、私達の評価では拾いきれていない可能性もありますが、今回の研究はとても興味深いなと思いました。
ということで今回のブログは以上となります!
最後までご覧いただき、ありがとうございました!
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